編・著者の藤本憲信氏は熊本県立鹿本高校校長などを務め、退職後熊本大学大学院で本格的に方言を研究。2006年に熊本県方言研究会を設立、郷土史家ら24人と県内各地の方言を発掘・収集し今回の出版となった。
県内全域の方言を一冊にまとめた辞典は初めてのこと。五十音順に収録、その方言の意味、使われている地域、同義語、反対語を紹介している。その数、2万1957語、1,791ページの労作。
■A5判 上製本 全1,791ページ 定価25,000円(税込)
当書籍が第33回熊日出版文化賞を受賞しました。これは県内の個人・団体の著作を毎年顕彰するものです。今回は2011年に刊行された100点余りを対象に選考され、今回は熊日出版文化賞3点と自費出版物に贈るマイブック賞1点が決まりました。
平成24年2月4日熊日新聞記事(PDF)
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熊本県全体の方言辞典は、まだ世に出ていなかった。いつかは、誰かが果たさなければならない仕事だった。話は、6年近く前にさかのぼる。
さて、県内各地の方言を、どのようにして収集するか、フィールド・ワークは、今の私の手に余る大作業である。方言研究会を組織して、各地の方に会員になっていただき、通信調査に頼る方法を採らざるを得なかった。平成18年(2006年)4月9日付け、熊本日日新聞(朝刊)紙上に、「残そう熊本の方言 研究会設立を計画、参加呼び掛け」の見出しのもと、研究会員の募集要項を掲載していただいた。それによると、「辞典は各地の方言を五十音順に記述。品詞や意味とともに、使われている地域、年代層、用例などを紹介することにしており、数年がかりで郡市単位でおよそ千語ずつ収集する方針」と記されている。
こうして県下全体に会の主旨を通知していただいた結果、応募してくださった方は、50名に及んだ。そのうち、実際に方言を提供してくださったのは、後記のように、24名と4校の学校の生徒さんたちであった。新聞取材の折、私は「急速に失われつつある方言を収集し、辞典として残しておきたい。あらゆる世代、職業から会員を募り、幅広い語彙を集めるのが理想」と語っている。現実には、提供者は高年層の方が多く、若年層は、わずか4校の生徒さんたちだけであった。
しかし、ここに記載した熊本県方言が、貴重な「財産」になることは、間違いないと思う。天草の方言については、すでに有働駒雄氏の『天草の方言』の大著がある。この書物を参考にしながらも、中原文生先生(もと、県立高校長、現、熊本学園大学講師。天草のご出身)が、天草方言のうち、基礎語彙を中心に、40回近くにわたり約4,000語を寄せてくださった。先生はコンピューター学が専門で、パソコンに不慣れな私を、購入から操作の基礎まで丁寧に導いてくださった。先生との出会いがなければ、この企画は危うくも頓挫するところであった。
また、城保先生(もと、県立高校教師、現、テレビ・タレント)は、兄上の集めておられた荒尾地域の方言語彙を多数送ってくださった。一森綾子先生(もと、県立高校教師、現、方言研究家・郷土史研究家)は、会員ではなかったが、宇土・宇城地域の方言をくまなく歩いて現地調査しておられ、発表された研究成果をすべて提供してくださった。高山勝之助先生(もと、県立高校教師)は、下記4校の生徒さんたちの方言記録をお世話くださった。溝口治雄先生(高山先生に同じ)は、水俣の方言を新しい語から古い語に到るまで、興味深い語を集めてくださった。高山先生と溝口先生は、中原校長先生のご紹介による方である。
福田昇八先生(熊本大学名誉教授)は、英語学がご専門。ご出身の人吉・球磨郡の方言を、その恩師、東秀吉先生(方言学専攻、球磨方言の著書がある。故人)の著書をもとに、これまた珍しい当地域の方言を寄せられた。「参考」の欄にも英語の表現との比較など、記していただいている。もっと多くの比較をお願いしたかったが、一般向けの方言辞典ということを考慮され、差し控えなさったものと臆測する。先生が応援に乗り出してくださったのは、心強い限りであった。先生からは本作りの心構えも学ぶことができた。
このほか、多くの方々のご心労の模様を披歴したいが、紙面のゆとりなく、ここで詳しく述べられないのが残念である。亡くなられたご主人が、阿蘇地域の方言を日頃集めておられたものを、ご夫人が届けてくださったり、高齢者の方がやはり熊本市北部の方言を記録しておられたり、貴重な資料を各地から入手することができた。これら会員一同等のご協力がなければ、もちろんこの辞典を完成するには、到らなかった。ようやく県方言の姿を明らかにし得たのは、決して編著者個人の力ではなく、多くの方々の功績の賜物であることを、特記しておきたい。
編集の過程で気がついたことを、二、三述べておく。
1.県北部では、動詞の下一段化は進んでいないが、南部・西部では、下一段化が急激に進んでいる。これは、若年層の場合でなく、高年層による比較である。原因はまだ明らかでないが、熊本市部において、高年層は下二段を固守しており、この現象が南部・西部に対する一種の防壁をなしているのではないか。
2.ショーチュー(焼酎)のような長音語が、いわゆるシラビーム(syllabeme)方言として、シュチュと短音化する(ウ段化もしている)のは、南部・西部に著しい現象である。もっとも、「清正公さん」は、全県的に「セイショコサン」で通っているのだから、この傾向は、南部・西部と北部の多寡の問題に過ぎない。
3.終助詞のバリエーションが、全県的に豊富である。これは、他県にも見られることかもしれないが、一応、県方言の一特色として、挙げておいてよいだろう。
末尾ながら、次に資料提供者の氏名を掲げて、お礼と感謝のしるしとしたい。
提供者氏名(五十音順、敬称略)( )内は担当地域名など。
一森綾子(宇土市・宇城市)、岩本義徳(八代市)、大塚正文(熊本市江津町・県下の民俗方面)、大橋伊都子(熊本市富合町)、金田伸子(熊本市中央部)、鎌瀧幸子(八代市)、北垣譲仁(熊本市城南町)、久家サワ子(熊本市河内町)、県立甲佐高校(上益城郡)、後藤千枝子(阿蘇市・阿蘇郡)、紫垣良一(熊本市富合町)、城順一(荒尾市)、城保(荒尾市)、杉村ミユキ(熊本市中央部・山鹿市)、瀬崎ヒロ子(山鹿市)、県立蘇陽高校(上益城郡山都町蘇陽)、高野勝之助(4校の紹介者・調査協力者)、中原友幸(菊池市・菊池市七城町)、中原文生(上天草市・天草市・天草郡・編集の協力者)、西村渡(熊本市小島)、福田昇八(人吉市・球磨郡)、藤本征子(熊本市中央部)、溝口治雄(水俣市・葦北郡)、美並磐(上益城郡益城町)、県立矢部高校(上益城郡山都町矢部)、山都町立矢部中学校(上益城郡山都町矢部)、脇坂公康(球磨郡の民俗・その他)、藤本憲信(菊池市・菊池郡)
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